中国平安保険のサクセス・ストーリーの背景に迫る Part2

こちらの記事は、DIGITAL INSURANCE AGENDAの記事を翻訳したものです。
DIGITAL INSURANCE AGENDA管理者の許可を得て掲載しています。

著者:創設者DIAコミュニティ-ロジャーPeverelliとReggy de Feniks 2019/2/25


先日、中国平安保険(平安 Insurance Company of China, Ltd.)のチーフ・イノベーション・オフィサーであるJonathan Larsen氏とのDIA独占インタビューPart1を公​​開しました。Part1では中国巨大企業の成功の裏側にあるビジョンと教訓について語っていただきました。Part2では、中国平安保険が創造したデジタルデータ経済のパラダイムをより深く掘り下げます。


質問者:御社は「実現可能な市場規模に対する認識を変えた」素晴らしい例だと思いますが、いかがでしょうか?

Jonathan氏:健康保険分野について、我々はこれまでとは全く異なった捉え方をしました。我々は中国最大の民間の健康保険会社ですが、中国の健康保険市場において民間企業のシェアは5%しかありません。残りについては50%を政府が保有していて、それ以外は無保険です。民間の健康保険市場は35%(訳注:成長率の期間については明言されていない。)で成長しているので、ほとんどの企業は35%で順調に成長するだけで満足するでしょう。けれどもPeter Ma氏(注1)は「これよりずっと大きなチャンスがある」と考えました。というのも、我々が中国の健康保険のシステムを変える必要があることを認識していたからです。

中国にはプライマリ・ケア(注2)はなく、一般開業医はいません。病院に行くと、半日待たされて、間違った部門に案内されることすらあります。頭痛がすると言えば神経科医のもとへ行く羽目になります。明らかにこれは持続可能なシステムではありません。国が豊かになり、高齢化が進行し、慢性疾患が増加しているため、システムを全て変える必要があります。中国はテクノロジーの活用を迫られており、これは政府の政策立案者によっても十分に認められていることです。そこで我々は遠隔医療プラットフォームである「Good Doctor」を開発しました。今日では「Good Doctor」に250万人のユーザーが登録しています。平安保険は、中国の国民皆保険制度に対しても多くのサポートを提供しています。


質問者:政府との共同事業は実際にどのように機能していますか?

Jonathan氏:自治体は国立病院を管理しており、政府の集めた健康保険料を再配分しています。医薬品の過剰な処方や詐欺に対する統制をより良くするためのアナリティクスを導入したことによって、我々は初年度で約10%の医療費削減を達成しました。それ以来、保険数理に基づき、リスクの一部を政府と共同負担する商業的な取り組みを行っています。それに加えて、エンドツーエンドのシステム費用の削減に我々が貢献する手段に目を向けています。例えば、糖尿病の罹患リスクを減少させるプログラムは非常に重要です。今日の中国国内の総医療費は、米国が糖尿病に費やす医療費と同等です。ですから、今後のコストの増大を考えると、中国がこれらのソリューションを必要としていることは明らかです。


質問者:高齢化と医療費の増大は、中国西部についても当てはまると思いますが、いかがでしょうか。

Jonathan氏:我々は診療所のためのtoBプラットフォームを開発しました。医師の専門性と業務を補完するために、医師の仕事をできるだけ簡略化するデジタルヘルスサービスを提供するというアイデアです。保険料収入のプール全体に対する新しい視点です。賢い方法でテクノロジーとデータを使い相乗効果を生み出すことによって、より大きなチャンスに対応できるプラットフォームを構築しました。


質問者:2つ目におっしゃっていた「データを価値に変えること」についての質問です。多くの保険会社は、保険数理上の背景から、必要な力をすべて備えていると未だに考えていることと存じますが、貴社はどうでしょうか。

Jonathan氏:平安保険はビッグデータ企業へと進化を遂げました。弊社の技術部門には現在約2万5千人のエンジニアがおり、技術部門全体では約8万人の社員がいます。また、巨大なAIグループもあります。これまでにディープラーニング、コンピュータビジョン、そしてビッグデータといったさまざまな面において多くの独自ツールを構築しました。我々はクラウドプロバイダーです。5億人以上のユーザーがいて、その規模はサードパーティのクラウドプロバイダーとして競争力を持っています。さらに統制された金融機関であり、提供するクラウドサービスは規制当局からすでに調査、巡検、承認を受けています。それから、我々にはより良いデータサービスを提供する実力があります。たとえばブロックチェーン分野では、中国の約400の小規模銀行の銀行間取引プラットフォームを構築しました。2年前には、決済に数週間を要した従来の紙ベースのシステムを、瞬間的なハイパーレジャープラットフォーム(注3)に置き換えました。それ以来、そのプラットフォームは2兆米ドル以上の取引を行ってきました。これはおそらく、世界でも歴代最大規模のブロックチェーンベースの取引です。無論、他にも多くのセキュリティが整ったサービスがあります。


質問者:これらすべての新しい競争力をもとに、平安保険だけでなくクライアントにとっても新しい価値を生み出した例を挙げてください

Jonathan氏:たくさんの例がありますが、我々のクレジットスコアリングプラットフォームをご紹介させてください。

平安保険は、銀行以外では中国最大の個人向けクレジット会社です。Lufaxプラットフォームを通じて、非常に洗練されたオンライン貸付プラットフォーム事業を展開しています。銀行以外のセクターは国の信用調査機関には属していません。我々は銀行以外のデータを規制対象セクターのデータと統合できる限られた企業の1つです。当初は自社のために信用スコアリングプラットフォームを構築していましたが、我々の顧客基盤を超えて拡張できることに気づきました。現在は200以上の銀行を支援しています。HSBC、スタンダードチャータード、その他の外国企業も支援先企業であり、7億人を超えるクレジット利用者のデータベースが統合されています。

質問者:新たなデータの流れを切り開いたということですね。

Jonathan氏:我々は6千を超える意思決定の変数を検討する、非常に洗練された機能を作成しました。ユーザーが住所を申告しない場合、我々がユーザーを携帯電話で追跡できるように2日以内に承認させることまで可能です。我々はユーザーが自宅で5時間以上過ごしているのを確認したいのです、これは彼らが申告している住所に偽りがないか確認するためです。これは我々が所有する非常に面白い一連のモデルである三角測量、バリデーション、検証の中間の機能です。この機能をサードパーティと共有したことで、予測の精度が30%向上しました。これは、7億ユーザーのごく一部である、弊社の顧客だけに対応していたときと比較した場合です。


質問者:非常に印象的な数字です。あなたの例のようなものは自然と我々を3番目の論点に導きます。それは顧客体験の再定義です。

Jonathan氏:我々は顧客体験を自動化し、カスタマージャーニーから紙を完全に排除するために様々なことに取り組みました。弊社の140万人の募集人でさえも、基本的に紙には1枚たりとも触れることはありません。彼らの採用はデジタルで行われ、トレーニングも80%がデジタルです。クライアントセグメンテーション、見込み顧客の獲得、CRMもすべてデジタルであり、それから顧客体験もデジタルです。

我々は、顧客が平安保険と共にサービス全体にわたるカスタマージャーニーを体験するようにガイドするアプリを開発しました。これは従来のサービスの提供方法を変え、1億人のユーザーが登録しました。かつては1週間以上を要した保険金請求が今では即日で完了します。」


質問者:信用スコアと同様に、それらのサービスを第三者にも提供していますか?

Jonathan氏:はい。先ほど申し上げたOneConnectプラットフォームを使用すると、競合だった企業に対しても我々が開発した機能を提供できます。一方で、OneConnectでは、弊社のみならず外部からも機能を追加し、プラットフォーム内の製品を充実させることもできます。

質問者:デジタル化が戦略の鍵となることは明確です。ご説明いただいた戦略では、新しい重要な収益の流れと共に、全く新しいビジネスモデルを作り出すということでした。オペレーショナル・エクセレンスはもちろん必要ですが、重要なものを1つ挙げるとすれば何ですか?

Jonathan氏:4番目の論点の具体例を紹介しましょう。「徹底的な自動化」です。車で事故を起こしたと想像してください。平安保険の契約者ならば、携帯電話で破損部分を撮影するだけで保険金を請求できます。我々にはすべての自動車モデルのあらゆる部品データを学習させたAIエンジンがあります。損傷の70%は表面的なものであり、それを用いて保険金請求を検証し、給付金額をリアルタイムで評価できます。我々のデータが確かなものである限り、顧客にリアルタイム請求サービスを提供します。我々からは「車を修理するために800ドルかかると想定されます。」と契約者にお伝えします。その後は、保険金を受け取るプロセスに進むか、我々の認定修理店に来るか、選ぶことができます。もしくは、契約者自身で対処できる場合には、我々はすぐに彼らの電子ウォレットにお金を振り込みます。契約者のうち30%が保険金を受け取っていますので、この自動化によってプロセスが大幅に削減され、多くの人にとって効率的になります。

質問者:ご紹介いただいた事例はすべて、平安保険とその顧客との両方にとってメリットがあるものでした。そしてそれらはすべて、旧来のバリューチェーンの理解を超えています。それどころか競合の会社と協業までやっていますね。

Jonathan氏:まったくその通りです。他社との協業は我々のオペレーションにおける5番目の論点にあたります。弊社は「オープンエコシステム」を通して幅広い機能を利用するためにテクノロジーを活用します。OneConnectプラットフォームには、数千の機能があります。実を言うと、多くの小規模な競合他社は、我々の真の競合ではありません。我々は、顧客にサービスを提供するための銀行のモバイル機能や、中小企業に対してサービスを提供することから始めました。これまでにご説明した通り、我々は決済プラットフォームとしてブロックチェーンを用いる段階へと進化しました。今では、本日ご紹介した多くのサービスを提供しています。保険金請求を管理するプラットフォームは、保険会社向けに第三者サービスとして提供されています。我々はプラットフォームによるエコシステムで、実現可能な市場規模を拡大できると考えています。また、すでに広範囲に及ぶ我々の顧客基盤を超えて、我々の可能性にレバレッジをかけています。面白いのは、我々が他社への投資や提携をすると、非常に広い範囲にわたる機能をまとめられるということです。我々はオープンエコシステムを国際化しようとしているところです。そして、現在の平安保険はほぼ完全に中国を拠点とする会社ですが、こうして機能でリードすることは国際化を始めるための非常に面白い方法であると考えています。


質問者:ここまで主に平安保険自身が創造したコンセプトについて話しました。あなたはPing An Global Voyager Fundの会長兼CEOでもあります。このファンドは、FinTechとHealthTech分野に投資する10億ドル規模のファンドです。これらはどのように平安保険の事業に結びついていますか?

Jonathan氏:我々のファンドは2017年に立ち上げたものです。目的は平安保険のために有望な企業との関係を構築することです。これまでに約2億ドルを投資しました。我々は、強烈な独自の成長の軌跡と、価値の軌跡を持つ会社を求めています。けれども、弊社に加勢できる会社も求めています。それはテクノロジーかもしれませんし、プラットフォームかもしれませんし、ビジネスモデルかもしれません。我々は1000万ドル以上の投資に焦点を合わせていますが、それでは多くのスタートアップを投資対象から除外してしまいます。投資対象外のスタートアップとも関係を構築するために、深センにアクセラレーターセンターを設置しました。そこではスタートアップ企業が平安保険と関係を構築して中国について学びます。アクセラレーターのターゲットやパートナーに間接的に援助する仕組みも用意しています。

質問者:平安保険の戦略について非常にオープンで包括的な見方をしていますね。ご意見が一貫していることに大変驚きました。多様化が進み、10万人以上の従業員を雇用している企業ではめったにありません。

Jonathan氏:平安保険はイノベーションに対する基本的な知見を有していると思います。毎年の初めに弊社のCEOはセルフアセスメントを発信します。それが基本的に彼のスコアカードになります。その冒頭で会社に永続的な危機感を与えています。社員の業務に対する彼の評価と、ボトムアップで挑戦していることも含んだ内容です。それが我々の組織文化の一部になっています。ガバナンスとプロセスを通じて、我々はボトムアップでたくさんの戦略を生み出しています。起業や新規事業であろうと、あるいは既存の活動の根本的な改訂であろうと、すべての事業は新しい戦略を生み出すきっかけになります。挑戦する文化のために、承認プロセスは非常に簡単にしています。トップダウンの戦略も数多くありますが、上級管理職はミクロレベルで関与します。また、Voyager Fundのようなプラットフォームも用意しています。これらは新たなアイデアや出会い、そして新たな将来の可能性のための資源となります。


質問者:平安保険の物語は、業界の多くの人にとってインスピレーションの源です。

Jonathan氏:ありがとうございます。弊社の事例は、高成長企業に関する非常に面白い例だと思います。過去30年間における純利益のCAGRが29%ということは、我々の純利益は5年ごとに3倍になるということです。我々は伝統的なビジネスから始まった会社であり、テックカンパニーへと根本的に移行しました。まさに自身のビジネスからまったく外れた場所へと進む機会を模索した例です。

テクノロジーを受け入れ、洗練された開発者であることが、この新しいデータ経済において我々が行うすべてのことの基本であると考えています。

Jonathan Larsen氏は、2018年版DIA Munichでビジョンを共有した思想的指導者の一人でした。DIA Amsterdam 2019で同様のレベルの基調講演を予定しています。DIA Amsterdam 2019は6月25〜27日に開催されます。チケットはまだ入手可能ですので、お求めの場合はこちらをクリックしてください。



注1:平安保険の現CEO
注2:日本プライマリ・ケア連合会WEBサイト http://www.primary-care.or.jp/paramedic/
注3:Linux Foundationの提供するオープンソースのブロックチェーンプラットフォーム