(本記事はドイツ「FOCUS-MONEY」誌2022年2月号に掲載の、ソラーズ・コンサルティング㈱マネージング・パートナー ミハウ・トロヒムチュクへのインタビュー記事を加筆・修正したものです。)
―多くのインシュアテック保険会社が大きな注目と期待を集めて事業を開始しました。今現在のインシュアテック市場にも、引き続きそのような高揚感がありますか?
トロヒムチュク:まだまだ残っていると思います。社会全体のニュースとしては、インシュアテックは以前ほどの注目度はないかもしれませんが、ある種の慣れのようなものだと思います。引き続きインシュアテック保険会社は、事業計画を推進し、力強くマーケットの動向に適応しています。勢いもありますし、同時に、新事業を軌道に乗せるために必要なことを冷静に分析できているという印象を持っています。
ミハウ・トロヒムチュク
―インシュアテック保険会社は顧客の獲得に苦心していると言いますが、そもそもインシュアテックのビジネスモデルは実行可能なものなのでしょうか?
トロヒムチュク: ドイツでは保険の大半が代理店やブローカーを通じて加入されています。保険商品が複雑すぎて、オンラインでの保険加入が敬遠されていることが大きな一因です。多くの消費者はインターネットで情報を入手後、代理店で手続きをする、という流れが今では一般的な流れです。伝統的な保険会社ではオンラインでの保険加入で生じる様々な障害を克服できていません。Eコマースやメディアに見られるように、消費者、特にデジタル・ネイティブな世代はますますデジタル化されたサービスを求めています。既存の保険会社はこの流れにブレーキをかけていると言えます。その部分で、インシュアテックは大きなビジネスチャンスの可能性を秘めています。
―時間の経過とともに、多くのインシュアテック保険会社にとって、既存プレイヤーとの競争よりも協力がより有効な選択肢であることが明らかになってきました。この傾向は続くのでしょうか?
トロヒムチュク: 多くのインシュアテック保険会社は、B2Cのビジネスモデルと並行してB2Bのコンセプトも開発しています。実際、100万人の個人顧客よりも、複数の大企業の顧客を見つける方が簡単です。以前はインシュアテック保険会社はディスラプターとして捉えられていましたが、今では競合としてではなく既存の保険会社のパートナーへと進化しています。特別なデジタルソリューションを提供するだけでなく、販売やリスク負担の面など保険ビジネスサイクルの一部で既存プレーヤーと協力することもあります。とはいえ、パートナーシップと競争は並行して進行しています。どのモデルがより成功するかは、ケースバイケースです。
―一部のインシュアテック企業が保険会社として事業展開することをどう評価しますか?ニッチなプレーヤーになる危険はないのでしょうか?
トロヒムチュク: 一概には言えません。例えば、アマゾンもかつてはニッチなプレーヤーであったのが、今のような大企業へと大躍進を果たしました。とは言え、アマゾンのように粘り強くビジネスモデルを展開し、そこからさらに発展させる企業はごくわずかです。インシュアテック企業がニッチなプロバイダーから確立したプレーヤーになれるかどうかは、まず、ニッチでありながら消費者に魅力的な価値を提供できるか、そして、そのビジネスアイデアに十分な馬力をかけられるかどうかにかかっています。Huk24、Check24、あるいは英国のAdmiralやDirect Lineのような企業は、ニッチなプロバイダーとしてスタートし、業界の巨人となりました。容易ではないかもしれませんが、先駆的な例はいくつもありますので、成功しない理由はないと思います。
―インシュアテック保険会社の最大のメリットは何でしょうか。
トロヒムチュク: インシュアテックの保険会社は、完全にデジタルなビジネスモデルを設定することが可能です。確かに、最初からすべての機能を備えているわけではありませんし、まだそれほど豊富な製品を提供していませんが、確実に成長しています。伝統的な保険会社は通常、既存のビジネスモデルを革新することに注力し、新しい価値を創出するプロセスは低調になりがちです。一方、インシュアテック保険会社は、レガシーシステムの克服に取り組む必要もなく、将来性のある保険商品と関連サービスに完全に集中することができるのです。集まる人材も変化に敏感で、未来志向の柔軟な思考を持つ若手が多いのも特長です。こうした違いが、既存のプレーヤーとは全く異なるダイナミズムを生み出します。
ソラーズ・コンサルティング(株)提供
―現在インシュアテックは損害保険の領域が主ですが、生命保険や医療保険分野における潜在性はありますか?
トロヒムチュク: デジタル医療保険が消費者ニーズに合致していることは、ドイツ出身のMario Schlosser氏が2012年に設立した米国のインシュアテックOscarの例からも明確です。 同社は現在53万人超の顧客を獲得し、20億米ドル以上の保険料の売上をあげています。医療分野では、デジタル化のニーズが非常に高いです。生命保険におけるデジタルのビジネスモデルの可能性も十分に想像できます。
―ドイツにおいて、インシュアテック保険会社に対する規制はどのようになっていますか?特例などはあるのでしょうか?
トロヒムチュク: 保険は非常に厳しく規制されている業界であり、 BaFin(バフィン)* はインシュアテックにも適用除外がないことを明確に示しています。さらに直近では、新設保険会社に対する免許付与の規制要件を大幅に強化しました。これは当初の事業計画を守れなかったスタートアップ企業を問題視してのことです。また、データの取扱いには厳しい法的規制があり、企業は制裁を危惧してそれを忠実に遵守する姿勢を見せています。私の知る限り、ほとんどすべてのインシュアテックの経営層は、保険の専門知識およびこれら法的規制を熟知しています。
* BaFinとはドイツ連邦金融監督庁の略称で、日本の金融庁に相当
―資金調達のラウンドでは、数百万ドルという莫大な出資を手にするインシュアテック企業もあります。現在、プライベート・エクイティ投資が盛んに行われていますが、このような投資は長期的に価値があるのでしょうか?
トロヒムチュク: ベンチャーキャピタルやプライベート・エクイティの投資家は、投資する際にリスクを負っていることを自覚しています。また、規制が厳しく、成長の機会が限られている業界への投資であることも心得ています。にもかかわらず、これほど多くの資金がインシュアテック企業に流れ込んでいるのは、保険業界には膨大なデジタルバックログがあることを認識しているからです。
―こうした投資家のインシュアテック分野での過剰投資を鑑みて、BaFinも明確に警告を発しています。
トロヒムチュク: 私としては、インシュアテックの発展を喜ぶべきと思います。消費者、企業、監督官庁など、すべての人が利益を得られるような市場のダイナミズムを生み出しているからです。BaFinは、伝統的な保険会社がデジタル化の遅れに伴い被るであろう損失や危険性を重視し、保守的な姿勢をとっています。私は、それでも、インシュアテックの波を利用して市場を近代化することの方が重要であると考えます。現在、保険市場に存在するテクノロジーの多くは、時代の要請に追いついていません。
―保険業免許を取得したインシュアテック企業は資金面から見て、将来的に事業継続の見込みはあるのでしょうか?
トロヒムチュク: すでに成果を上げている企業は、今後数年間、その方向性を示していくことでしょう。他のインシュアテック企業も遅かれ早かれ、その戦略に適応していくでしょう。ビジネスを立ち上げるには、膨大な労力と資金が必要です。もし、事業計画が守られないとしたら、その理由を明確にしなければなりません。特に創業期には、迅速かつ強力な調整が必要です。
多くのインシュアテック企業は、大手保険グループの一部となって、そのビジネスモデルを追求する方向に進んでいます。現在、DACH市場では、既存保険会社が18ものインシュアテック企業に、子会社化あるいは買収を通じて関与しています。特徴的なのは、イノベーティブな視点やスピードを損なわないため、それらインシュアテック事業が親会社から大きく切り離され、高度な独立性を与えられて運営されている点です。
また、米国では、異なるインシュアテック企業間での買収が初めて行われるケースも出てきています。つい先日(2022年2月)、フランスのインシュアテック保険会社Lukoがドイツの大手インシュアテック保険会社のCoyaを買収しました。これでLukoはドイツ市場への進出を果たしたわけですが、双方の顧客からすれば加入できる保険の種類が充実することになり、ますます需要は高まると期待されています。
―Google,、Amazon、 Microsoftなど大手IT企業がドイツの保険市場に参入することは予測されますか?
トロヒムチュク: Googleの保険市場参入の動きは非常に活発です。とは言え、そのビジネスモデルは保険の広告で多くの利益を上げ、そこでマージンが落ちて初めて、さらにバリューチェーンを上げていくものになっています。Amazonは現在、小規模ビジネス向けの保険分野で英国市場への参入を開始し検証を進めています。IT企業は革新的であまり規制に縛られませんが、一方で、非常に規制が厳しい保険事業は、彼らにとっても決して容易に参入できるものではありません。そのため、十分なデジタル技術の下地を持つ保険会社とは、非常に有利なパートナー関係が生まれることが予測できます。
―インシュアテック保険会社は、ドイツの保険業界に革命を起こしたと言えますか?
トロヒムチュク: 予想もしなかったダイナミックな動きを見せてくれました。 このような動きが出てきたことは、保険会社にとって喜ばしいことです。規制の制約が大きい保険業界は、他業界と比較すると動きは緩やかですが、その分まだまだデジタル化において大きな潜在力を秘めています。今後の成長が非常に楽しみです。
(記事提供元:ソラーズ・コンサルティング株式会社)
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