引用元:Insurtech UK (https://insurtechuk.org/)
欧州で2012年以降目覚ましい成長を続けるインシュアテック市場。イギリスは常にその規模においてトップの座を誇ってきました。世界有数の金融街ロンドンは、集約された保険会社のネットワークと金融規制当局に加え、テックシティとしての強みも活かし、金融機関とIT企業のイノベーションを牽引しています。2018年にはインシュアテック企業の資金調達額は10億米ドルを超えました。フィンテックグローバル社の最新の「インシュアテック100リスト」には20のイギリス発のスタートアップ企業が名を連ね、アメリカに次いで2番目に多くランクインしています。インシュアテック市場の拡大とともに、インシュアテックの性質にも変化が生じています。従来、インシュアテックがもたらす技術は、業務のプロセスの精度の向上や効率化にメリットをもたらすものに集中していました。近年では、テクノロジーによって様々な可能性が提示され、保険ビジネスのあり方を根本的に革新するような全く新たなビジネスモデルを生み出すインシュアテックが増えてきています。
インシュアテックを育む土壌
イギリスは、保険ビジネス誕生の地です。そのため、保険会社は常に市場の成長のためインシュアテック企業への積極的な投資を行い、また自らもインシュアテックビジネスに介入してきました。また、イギリスにはInsurtech UKと呼ばれる同盟組織(70のスタートアップ企業、ロイズやその他大手保険会社を含む約30の業界プレーヤーが参画)が、インシュアテック企業と保険業界、IT企業そして政府組織との連携を強め、イギリスにおける保険市場の変革と成長を目指しています。さらに、イギリスでは他の欧州とは異なりインシュアテックハブがロンドンに一極集中していることも特徴的です。このような競争が激しく、エコシステムを形成しやすい環競が、個性的で強力なスタートアップ企業を生み出す土壌となっていると言えるでしょう。
注目企業と革新的なサービス
Lakaは、その革新的なP2P型自転車保険で2018年度数々のアワードを受賞しました。Lakaの保険の魅力は、保険料や前払いは一切なしで保険に加入できる点にあります。自転車の盗難などの損害発生時にのみ、少額の手数料を払えば補償を受けることができます。加入者は毎月末に団体請求分の費用を「保険料」として分割します。保険金の請求がなければ、その月の支払いは発生しません。また、月次請求の最高額は、加入者の自転車やギアの購入価格に基づき設定されます。よって、多くの損失が発生した場合でも、多額の保険料を負担する必要はありません。従来の保険会社と比較すると、Lakaを利用すれば平均して約61%も保険料が節約できます。このような料金体系が可能となる背景には、チューリッヒUK保険会社との連携が核となっています。チューリッヒは再保険会社の役割を果たし、Lakaは毎月、各契約ごとにチューリッヒへの手数料を支払っています。ある月の保険料がコミュニティメンバーの保険料最高額合計を越えてしまった場合、ストップロスの合意に従い、その差額をチューリッヒが負担する仕組みになっています。
2016年、Wriskは、自動車業界初のフィンテック・ビジネス・インキュベーターとして発足した「2016 BMW Innovation Lab」プログラムのパートナーに選出されました。BMWとの業務提携により、同社はBMWとMINIの顧客向けにオンデマンドで利便性の高い自動車保険販売ポータルをリリースし、注目を浴びました。Wriskは、リアルタイムで保険(主に住宅保険、自動車保険、旅行保険)の一括管理ができるスマートフォンアプリを開発しています。6つの質問に答えるだけで見積書が作成される手軽さの他、顧客のライフスタイルに連動した柔軟なサービスが顧客の心を掴んでいます。例えば、長期休暇のため自転車を勤務先の屋外駐輪場に残しておく代わりに、屋内の駐輪施設に預けると決めた場合、盗難のリスクが減ることから保険料は下がります。
今年2月に東京海上火災保険会社との業務提携を発表したTractableも、イギリス国内で注目されているインシュアテック企業の1つです。同社の強みは、事故車や自然災害で損壊した家屋等のダメージのAIによる高度なリアルタイム分析と修繕費用の即時見積もりを行う技術です。アジャスターや人の手で何度も確認作業を挟みながら行われていた作業に代わり、迅速な査定を実現することで、顧客にとっては早期の修正・修繕が可能となります。現時点で、同社のプラットフォームにおける損害査定の所要時間は、数分程度です。その技術は業界でも広く認められつつあり、今や9カ国で採用されている他、アメリカに続き今年は日本にも拠点を開設しています。
コロナの影響と今後の展望
今回のコロナによるロックダウンは、巨大保険市場のロンドンマーケットにも多大な影響を与えました。経済的な打撃と先行き不透明な状況を受け、ロイズの取締役会は、最大4億ポンド(4億9870万ドル)もの資金を見込んでいたロンドンマーケットのデジタル化構想計画の縮小を発表しています。また、対面でのやり取りが伝統的に根付いているロイズのアンダーライティング・ルームが閉鎖されたことで、対面募集から電子取引への移行までの過程で困難に直面した企業も少なくありません。さらに、投資に強く依存せざるを得ないインシュアテック企業にとって、コロナによる不況の波は、企業存続に関わる一大事です。
とは言え、NTTデータによるロンドンマーケットのシンジケート、ブローカーおよびマネージング・エージェントを対象にしたある最新の調査では、従来通り世界でトップクラスのグローバルリーダーとしての地位を維持すべく、今後もインシュアテック企業をはじめIT投資を積極的に増やすとの回答が圧倒的であったとの結果が出ました。今回のパンデミックは多くの保険会社に、顧客との接点のあり方や急激な変化への対応力、テクノロジーと人力の棲み分けによる高いバリューの創出といった観点からデジタル技術の必要姓を問い直す契機になったとも言えます。このような危機を乗り越えた先に、イギリスにおけるインシュアテック市場がどのような成長と変化を遂げるのか、注目に値します。
(Sollers Consulting K.K. 代表取締役ミハウ・トロヒムチュク)出典:Sollers
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